ひげじじいとその仲間たちとの物語をご紹介します。
さて今までひげじじいと言ってきたこの方・・・。
読んで頂いている皆さん、わかる方はわかるでしょうが、本当のお名前はこのアクアネットにある「よねっと」の題名からもわかるかと思いますが、
「米川先生」 の事。
いや!べつに、かくそうと思ったわけじゃねんでげす。
じつはおいら、いつかこの
「米川先生」
のことを誰かが書いてくれるんじゃないかとずず~~~~っとお待ちしていたのですが、思いのほかだれも書いてくれないので、ぐぐ~~~~~っとかんがえてみたところ、あのひげじじい(米川先生)とおいらはむちゃくちゃ永く一緒にいて、たぶんおいらが一番よく先生としてのひげじじいを理解しているんじゃないだろうか・・・っと思った訳です。
一応遠慮していたんすけど、もう書いちゃいま~す!!
さて小学校3年生なりたての4月。
いままで4時からの育成クラスに通っていたおいらは、 今日から午後5時からの選手クラス。 4時半ころのバスに乗って約15分・・・。富士スポーツハイツに着くまでの間、小心者のおいらは心臓がバクバク。
あのひげじじい・・いやあのころのおいらからすれば、ひげじじいというより「熊おやじ」ってな感じだったのですが、窓の外の景色がだんだんプールに近づいてくるにつれてもう逃げ出したくなるような気持ちでした。
あの恐ろしい顔を思い出すだけで、逃げる勇気さえもふっとぶってなところですか・・・。
(選手クラスに入って初日の練習メニュー…)
1500m×4回 30分サークル。
入ったばかりのおいら達は6コースあるプールの6コースに入れられて、もちろんサークルもれで、ず~~っと泳ぎっぱなし。 それでもただゆっくりでも泳いでいるだけならまだしも、時々思い出したように6コースへ向かってくる・・・。そしてプールサイドで、25メートルを行ったり来たりしながら、
「そりゃあ~~っ!!」
「せいっ!」
「どぅおおりゃあ~~~!」
「どばせえぇ~」
「とばさんかこりゃあ~っ」
なんつってとんでもないでっかい声でさけぶのです。
それがまた小学校3年生のおいらにゃこえーのなんのって・・・。
あ~。思い出すと、あの声が耳鳴りのように聞こえてくる。なつかしいと言えるのかなあ。
そもそもおいらがそのひげじじいと出会ったのは、今をさる事28年まえ。
ひどく大昔のようですが、おいら、はじめて、その ひげじじいと出会ったときのその衝撃 は、わすれることができません。
おいらは6歳の時、両親につれられて、よくわからないまま富士スポーツハイツという、スイミングスクールのスクールに申し込み、赤帽子のクロールから始めました。
夏休みのたびに海に遊びに行っていたおいらは、父親のまねごとから平泳ぎが得意で、はやくクロールと背泳ぎを合格して、平泳ぎの授業に行きたかったのですが、そのクロールの時のコーチが後のひげじじいの最初の奥さんで、25メートルを泳ぎきる事が合格ラインだったにもかかわらず、20メートルで立ってしまったおいらをむりくり合格させ、進級させてしまったのです。
そのわけは・・・・ 当時はまだ出会ったことのないそのひげじじいが2階のガラス窓からずっと見ていて、おいらを進級させるように指示したらしいのです。 なんでも、選手クラスのコーチでもあり、支配人でもあったひげじじい。 選手クラスの頭数が少ないので、適当に運動神経の発達(中枢神経からの伝達??)しているガキンチョを適当に見つけてはさっさと進級させていたらしいのです。 おいらは大好きな平泳ぎのクラスを飛ばされて・・・。育成クラスもほどほどに・・・。
ある時の事。
「おい!○○○○!おまえ~・・明日から選手クラスだかんな!」
「・・・・・・・だ・・だ~れ~・・・?」
「先生か?先生はなあ~~~~・・・」
その後の会話はまったく記憶しておりません。 ひげじじいはとっても恐ろしい顔で、きっとその時のおいらの表情といったら、深海魚が吊り上げられた時のあの目の玉状態だったことでしょう。 顔中なが~い無精ひげに覆われて、見えているのはギョロっとひんむいた目がやけに大きく、鼻毛丸見えのおいらを頭から吸い込みそうなデカ鼻・・・。 そして、ひく~~~い声で、 「おう!」 っていわれても・・・・。
わたくしが最初にこの話をしたのはひげじじいを知っているすべての人が、きっと似たような初対面の感想をお持ちだと思うからです。 ね!そうでしょう?
みなさん!こんにちわ ! はじめまして。お久しぶりです。 ・・・と色々な方達に読んでいただけることを期待して第一回目を書かせていただきます。
おいら、このアクアネットの管理者(以下ボブと表します)とは競泳を通じてもはや18年近くの友人ですが、一言で「友人」と片付けるにはあまりにも、ふっかい関係! ボブは中学生。おいら高校入りたて。大津波のような性欲と毎日戦う純粋多感な青春時代からの仲間です。
競泳生活をとある某スイミングスクール大手の強化チームとして、寮生活をしながら送っていました。 目的はただひとつ!
「オリンピック出場と、金メダル!」
同じ釜の飯を食い、時には同じ女性を頂いて?ん?そりゃあないか???(笑) まあ、ほんとに今でも一心同体のような関係です。 ボブは毎日まじめに練習していたせいか、見事にソウルオリンピックに出場し、今でも水泳界ではスーパースターですね。小生は昔からダーグホース。今でもその名を知る人は数人ですが・・・。
これから、この不定期日記を使って、約20年前の日本のトップスイマーになる為の、 秘密のトレーニング方法や、チャンピオンになる為の心構えなど、 当時のなぞの集団と呼ばれた某スーパーチームのすべてを、ここに明らかにしていきたいと思います。
このなぞのチーム。凄まじい連中の集まりでしたが、
なにより 一番狂ってるお人がいた のです。
それはこのチームのコーチで、チーム全員の親代わりでもあったYG氏。 (通称 ひげじじい ) このなぞの集団が日本のトップチームに上り詰めるまでの、世にも恐ろしい(オゾマシイ) 物語・・・。
なにとぞ楽しみにお待ちください。 小生、文章は大の得意でつらつらつらららら~~と書けるのですが、しかし下手!!
こればっかりはどうぞご勘弁を… それではいよいよ本題に入る(たぶん)第二回目をお楽しみに~~!!